諸鈍シバヤ

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諸鈍シバヤ

国指定重要無形民俗文化財

800年の時を越え、今なお踊り継がれる独特の伝統芸能

「諸鈍シバヤ」

源氏に敗れ、諸鈍集落にたどり着いたとされる平資盛によって伝わった「諸鈍シバヤ」は、

毎年、旧暦の九月九日に、平資盛を祀っている大屯(おおちょん)神社の大屯祭において

披露されており、町内外のみならず、たくさんの観光客の方が見学に訪れています。

現在、諸鈍集落出身の男性で結成される「諸鈍シバヤ保存会」により、11演目が継承されています。

 

諸鈍シバヤ上演前にシバヤ人衆は、諸鈍長浜へ移動する。

長浜に横一列に並び、潮で身を清める「みそぎ」の儀式が行われる。

【諸鈍シバヤの各演目】

⑴ 楽屋入り

  楽屋入りは、1番目の演目であり、シバヤ人衆(出演者一同)の顔見せのような意味を持っている。

 拍子木を先頭に、三味線、小太鼓、ホラ貝、指笛と続き、掛け声を勇ましく繰り返し、一列で楽屋に入っていく演目である。

 また、楽屋は女性はもちろん、シバヤ人衆以外の男性も入ることは禁じられ、覗くことも禁じられている。

 

⑵ サンバト

  2番目の演目であり、「サンバト」という音の響きと姿から、日本の能歌舞伎に登場する「三番隻(さんばんそう)」

 からきているとみられている。口上を述べ、ユーモラスな「鳴子持ち」とやりとりする演目である。

 

⑶ ククワ節

  3番目の演目であり、房付きの棒を持つ八人の踊り手による、哀切を漂わせた演目である。平敦盛の墓を須磨の浦に探

 し、ひどく涙を流す様を唄っており、諸鈍シバヤが平家の落人によって伝えられたという伝承は、この歌詞によっても裏付

 けられると考えられている。

 

⑷ シンジョウ節

  言葉では到底言いあらわしにくい手踊りを三名で演じる、実に軽妙な趣きがある演目である。

 今となっては、唄の文句の意味がシバヤ人衆すらも全く分からなくなっているという。

 

⑸ キンコウ節

  八人の踊手による優雅な手踊りである。徒然草の作者、吉田兼好のことを唄ったものだと言われているが、

 吉田兼好の何を唄ったのか、或いは吉田兼好を通じて何を唄おうとしたのか分かっていない。

 

⑹ タマティユ

  諸鈍シバヤ唯一の人形劇である。昔、玉露(タマティユ)姫という美女がいたが、親不孝者で朝から晩まで酒をくい、

 踊り狂っていた。それが天に通じ、いずこからともなく約四メートルもの長さの大蛇が踊り出て、

 玉露姫を噛み食らおうとする踊りである。

 

⑺ ダットドン

  ダットドンとは、座頭殿。つまり、盲目の法師のことだという。

 昔、自分の持っていた名のある琵琶をいつの間にかすり替えられたことに気付いたダットドンが、その琵琶の音を頼りに探す

 演目である。ダットドンは、川の深さを杖ではかったり、便意を催したりと、リアルに、ユーモラスに演じる。

 

⑻ シシキリ

  一人の美女が野原で踊り浮かれていると、突然シシが現れ、美女に襲い掛かる。

 そこへ狩人が登場し、シシを退治するという演目である。

 観衆の中からシシが出てくるのだが、出現場所が毎年変わるため、毎回見物客を驚かせ、楽しませている。

 

⑼ スクテングヮ

  両端に房が付いた棒を持って、六~八人で対になって踊る棒踊りで、昔、中国で宋が天下を取ったとき、

 その祝いに踊ったと言われる踊りとして披露される。最後に房から舞う花吹雪も見事である。

 

⑽ カマ踊り

  今年の豊作を感謝し、来年の万作を祈願する意味の踊りといわれ、踊り手は皆、木製の鎌を持って踊る。

 

⑾ 高き山

  「高き山」は、シバヤ最後の演目と決まっており、これも豊作を祈願する踊りといわれ、

 仁徳天皇の仁政に因んだ口上も伝わっている。大太鼓も登場し、ハヤシと唄に合わせて、それぞれ自在に踊る様は、

 打ち止めにふさわしい、明るさと躍動に満ちた演目である。

  ちなみに、シバヤの上演順序は、最初に「楽屋入り」「サンバト」「ククワ節」をし、最後に「高き山」を披露することだけが

 決まっており、あとの演目の順序について決まりはないことになっている。

 

 

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